江戸時代の都市では、家を持っていれば、すぐに借り手が何人も押しかけてきた。貸地、貸家は大変儲かる商売となった。一ヶ月一両近い家賃で貸している例も見られる。安い一般的な家賃は、五〇〇文(一両の約八分の一)であった。下女(お手伝い)の給金で見ると、寛永年間(一六二四〜一六四三年)の相場は、飯も炊けば機も織る、薪も割る、水も汲むという内容で一年に二分(一両の半分)であった。これが四五年経った時点では、その倍の一両になっている。さらに、四〜五年経つと一両二分になっている。江戸時代でもインフレがあったのである。これから見ると、一両とはものすごい家賃で、大変な利殖になった。このため、旗本の中には幕府から貸与されている土地を大名に又貸しして利殖を図る知恵者も少なくなかったという。江戸時代でも、都市に不動産を持っていれば、すぐに利殖になった。それゆえに、不動産投資は、今日と同様江戸時代も大変盛んだった。日本の不動産は、都市の土地も、農地も生産性が高く、儲かる。それゆえに不動産投資の意欲が高い。売って税金を払っても多くの利益をもたらしてくれる。損をすることは、よほど悪い物件でない限り、まずない。自動車や家電製品みたいに大量生産できるものでないから、値下がりがない。従って、貨幣経済をつくり出した賢い日本人のこと、当然の経済的な動きとして、お金を不動産に投資した。
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