僕に畳部屋を作ってくれという人からして、だいたいが「日本人としては、ひとつくらいは日本問が欲しい」とか「客が来た時の寝室がわりに」というふうで本人が好きで、好きでたまらないとか、断固自分が使用する、という意識が全然ないのである。圧倒的日本人は、畳の上で時を過ごすというよりは、日本間という空間に対して、見て懐かしむ、見せて楽しむという及び腰かつ軟弱な交際を求めているに過ぎない。しかも、建てた後は使用頻度が低いものだから、ついつい物置場と化す。
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こういうのは、絶滅してゆく。また、風呂についても、僕自身、アメリカに渡った時などは、日本の湯船がどうしても恋しくて、湯気立ちのぼる檜の湯船でタオルなんぞを頭にのせ、鼻歌まじりに肩までゆっくり沈み込みたいと思ったものだ。が、今では、忙し過ぎてバスタブに入るのは1週間に二回。他はほとんどシャワーで済ましている。だから、人間の嗜好は固定的に考えないほうがいい。初めてロにしたコーラは旨いと思ったか。初めて目にしたピカソの絵はすばらしく見えたか。齢と経験の重なりが、女性の好みの変化を決定づけるように、自分を取り巻く世界の環境が、成長する五感を揺さぶり掘り起こし次々と思いもよらぬ方向へ推移して行くことだって充分にありうるのだ。