日本の伝統住宅

2011.12.03

日本の伝統住宅では、広い庭を持てない庶民の住まいも開放的である。それは開口の向こうが私的な庭と同じような親和性を持つ近隣共同体であったからではないか。近隣共同体とはつまりムラで、農耕・漁労労働の必然的な共同性を根拠として成立したものだ。言い換えれば掃き出しの向こうも「身内」だから怯えがなかったのだ。それが決して万人にとっての幸せでなかったことは、知識人の感性の表出である戦前までの日本の近代文学のほとんどが、「私」とムラまたはイエという共同体との葛藤をテーマにして成り立っていることからも明らかだ。

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ムラは人を包み込み保護してくれることと引き換えに、その成員が「私」として自己主張することを厳しく制約したのである。掃き出し開口を好む人は、つまり、このムラ的なメンタリティを引きずっているから「寒くない」のではなかろうか。しかし現代の住宅の掃き出し開口の向こうに広がる都市には、ムラ的な「身内」の実態はもはやなく、人はその保護なしにいわば裸で「外」に対している。こうした現代の状況を感じないのが「寒くない」根拠であるとしたら、強さは鈍感さでもあると言えるかもしれない。